読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕の心理学勉強日記

現役大学生と学ぶ本当の心理学

最強の暇つぶし、そこから生まれてくる何かとは...

こんにちは、今日は特に心理学の勉強とかじゃなくて、ただ単に僕の日々の習慣的なものを紹介したいと思います。

何もしないことをする

皆様は、普段なんにもせずに、ただぼーっと終わりのない空想を巡らせることはありますか?と、いうと少し変かもしれませんが、要するに何もしないときがありますか?ということです。

今の時代、パソコンや携帯、テレビにスマホと退屈する暇がない毎日を送っていらっしゃる方も少なくないと思います。別に僕はそれが悪いてとかそういうことを言いたいわけではありません。現にパソコンスマホを使ってこのブログを投稿していますしね(笑)

 僕は最近、意識して何もしない時間を設けています。

 

基本的にスマホゲーム、それから漫画大好きマンですので、彼らを手にすると時間なんて湯水のように溶かせます。(もちろん勉強もしていますよ!笑)

ですが意識して彼らを手放す機会を設けます。特に生産的なことはありませんが仮にも心理学生、心と向き合う時間を大切にしたほうがいいんじゃねー、ということですね。皆様もいかがでしょう。

どうしようもないということ

空想を巡らせる内容なんですが、本当に様々です。将来の夢とか(まだ決まってません><)、死後の世界とか、愛についてとか、善意とは何かとか、、、ほかにも様々!これらにおわりはありませんね。なんか、古代のソクラテスだかプラトンだか忘れましたが言ってました(適当だな)。哲学に終わりはない(的な)。

僕が考えていることが哲学であるかは甚だ疑問ですが、別に終わりや解決法を見つけなくてもいいんだなって、思います。

地球の資源だって、そもそも人間に平等に分けられるわけがないし、どこかが貧乏にならないとどこかは裕福になれないし、貧乏なところで生まれたら貧乏に、裕福なところで生まれたら裕福になる確率は高いでしょうし、もうその時点で平等だなんだの概念はむちゃくちゃだし。

要するに、どうでしょう。解決できない問題なんて世界にはごまんとありますね。けれど、どうしようもない、考えても仕方のないことを考えることに意味があると思います。

どうしようもない、ということを知ることができるわけです。どうしようもない、ということを理解していない人間は思考を放棄しているのとおなじことです。極端な例ですが、「資源をみんなでわけましょう!」と声高らかに言う人間は、「この資源はすべて俺のものだ!」と豪語する人間と何も考えていないという点ではやっていることは同じです。自分の主観的な思考の枠組が、世界のすべてを構成してしまいます。

友達の作り方...?

人間がすべての物事を客観的に見る、なんてことは不可能ですが、主観を弱めることはできると思います。一種共同性、ともいえるかもしれません。

何も考えずにただ自分の考えをつらつらと述べ、それを拒否された場合、こう思うかもしれません。「どうしてわかってくれないの...!」

「もしかしたらこの考えは受け入れられないかもしれないな」とすこしでも思いながら話を進めると、拒否された場合、「なるほど、やっぱり駄目だったか、この考えではいけないらしい」と反省することができます。どこがどうダメなのか、考えることもできますね。人間関係がすこしだけ、円滑になるかもしれません。

客観的に物事を判断するということは自分を押し付けないということです。そのためにも、どうってことのないことを、ふとした時間にぼーっと考えてみることは大切なんじゃないかと思っています。

これぞまさに主観の押し付けな感じがしますが、皆様もいかがでしょう?ぼーっと、するのも悪くない。何もしない時間を設けてみては?